MarioPamuk’s diary

海外文学と学術書の短文感想&忘備録

Entries from 2023-05-01 to 1 month

“見えない都市に目を凝らす”

28「見えない都市」 🇮🇹イタリア イタロ・カルヴィーノ この全集にも4人とかなり多くノミネートしている通り、意外と個性的な作家が多いイタリア。その豊潤な歴史文化遺産が刺激を与えるのか、純作家よりも学者出身のエーコやタブッキが有名な作家だったりする…

“お給仕人は信頼できる信頼できない語り手”

27「わたしは英国王に給仕した」 🇨🇿チェコ ボフミル・フラバル 冷戦期以降で代表的なチェコの作家は3人いるが、いずれも共産党社会を揶揄する作品を書いて弾圧を受けている。上述のミラン・クンデラはフランスへ亡命を余儀なくされ、民主化後も母国に戻らず今…

“冒険心と逃避心ー出航の座礁と航海の後悔”

26「ロード・ジム」 🇬🇧イギリス/🇵🇱ポーランド/🇺🇦ウクライナ ジョゼフ・コンラッド コンラッドは英語圏の代表的な作家である、と同時にウクライナ出身でポーランドに移住した特異な経歴も持つ。従ってその文学観は同時代のキプリング等とは異なり、所謂オリエンタリ…

“雨に唄えば名誉の戦場”

25「名誉の戦場」 🇫🇷フランス ジャン・ルオー 一般に戦争文学は悲劇が多く、喜劇と呼べる作品は少ない。これは多くの方に賛同頂けると思う。文学は当然アクション映画でもなく、戦争礼賛の名作は私も見たことがない。しかし「名誉の戦場」は戦争をメインに扱い…

“現実逃避したくなる美しきお年頃”

24「アデン、アラビア」 🇫🇷フランス ポール・ニザン “僕は20歳だった。それが人生で最も美しい時だなんて、誰にも言わせない。”、やはり素晴らしい書き出しだ。既に冒頭から悲嘆と残酷な結末を予感させ、なお且つ美しさの余韻を残し若者を礼賛する狂詩曲の残響…

“広く深い海から狭く浅い浮島を眺める”

23「サルガッソーの広い海」 🇩🇲ドミニカ国 ジーン・リース 西洋古典をリライトする試みが近年、非常に多くなってきている。トリニダード・トバゴ初代大統領にして歴史学者、エリック・ウィリアムズが「資本主義と奴隷制」で喝破した通り、中でも島国ばかりで面…

“ネバーランドのユートピア”

22「アルトゥーロの島」 🇮🇹イタリア エルサ・モランテ 思春期の短くも複雑な心境は文学の格好の題材だ。一般的には学校モノや教師と生徒の禁断の恋などが多く、なんなら所謂TVドラマや少女マンガが最も人口に膾炙した例と言える。このテーマを実験小説として神…

“若き宗教史家のExotic & Platonicな恋”

21「マイトレイ」 🇷🇴ルーマニア ミルチャ・エリアーデ ルーマニアが誇る20世紀随一のユダヤ系知識人、「世界宗教史」で有名な世界的宗教学者ミルチャ・エリアーデ、彼の実体験を基に描かれたのが青春恋愛小説「マイトレイ」だ。学徒として宗教に興味を持つうち…

“耳をすませばソングライン”

20「パタゴニア」 🇬🇧イギリス ブルース・チャトウィン 紀行文学は外国人が書くことが多い。理由は土着人が普通と感じる文化や伝統も、外国人からするとエキゾチックな秘境と感じられ、売れるからである。メジャーな地域の紀行文学は実質ロードノベルだが、マイ…

“鼻唄ヒートで胸打つビート!”

19「オン・ザ・ロード」 🇺🇸アメリカ ジャック・ケルアック 車に乗ってドライブしながら、お喋りする様子を書いただけの小説。有り体に言えば「オン・ザ・ロード」はそんな話、伏線回収も緻密なストーリーもあったものではない。しかしこのケルアックの本はそれ…

"試してみましたクーデタ!”

18「クーデタ」 🇺🇸アメリカ ジョン・アップダイク 小説はどれほど自伝的でも、創作物である限りフィクション、即ち架空の物語である。そもそも1人の人間が語る以上、科学的であろうと歴史に基づいていようと、どうしても主観的な想像にならざるを得ない。作家…

“灯台下暗しの長い1日”

17「灯台へ」 🇬🇧イギリス ヴァージニア・ウルフ 20世紀を代表する作家を3人選べ、と有識者に問えば多くの人が下記3名を挙げると思われる。ジェイムズ・ジョイス、フランツ・カフカ、マルセル・プルースト、各人とも文学に革新的な手法やテーマを遺したからだ。…

“2500年を経たトロイア王女の再発掘”

16「カッサンドラ」 🇩🇪ドイツ クリスタ・ヴォルフ トロイア戦争は伝説と思われていた。しかしドイツの実業家シュリーマンは、幼い頃にギリシア神話を読んでトロイア遺跡の存在を確信し、貿易成金として築いた莫大な資産を遺跡探索に費やし、遂にトルコのダーダ…

“未開あるいは冥界のプレミアムフライデー”

15「フライデーあるいは太平洋の冥界」 🇫🇷フランス ミシェル・トゥルニエ 水場を航行する言葉は英語で”クルーズ”だ。語源は”クロス”即ち十字架で、ここから”大海を横切る”という意味が生まれた。デフォー「ロビンソン・クルーソー」もまたクルーズの物語、だか…

“燃えない本と死なない巨匠”

14「巨匠とマルガリータ」 🇺🇦ウクライナ ミハイル・ブルガーコフ 世界史上最大のベストセラーをご存知だろうか?、言うまでもなく「聖書」で、発行部数は何百億部とも噂される。次が「コーラン」であり聖典はやはり強い。多く読まれる本は歴史も長い。そして読…

“澄み渡るケニア大地の美しき日々”

13「アフリカの日々」 🇩🇰デンマーク イサク・ディネセン クッツェー「鉄の時代」は、入植者の白人と原住民の黒人が衝突した異文化摩擦の例だ。対して「アフリカの日々」は異文化交流が成功した例だ。勿論、前者は歴史過程の一般論の多数派、後者は少数派という…

“炭素で錆びれた鉄の逆襲”

12「鉄の時代」 🇿🇦南アフリカ ジョン・マクスウェル・クッツェー 古代から20世紀までを1化学元素記号で表すと、何千年もの昔から”Fe”即ち鉄の時代だという。20世紀以降は現在に至るまでは石油科学文明中心、”C”即ち炭素の時代だという。紀元前にヒッタイトが鉄…

“精霊が語るもう1つの9.11事件”

11「精霊たちの家」 🇨🇱チリ イザベル・アジェンデ 9.11事件といえば多くの人が、2001年アメリカ同時多発テロを思い浮かべるだろう。しかしこのテロ以前では1973年に起きた、チリ大統領官邸モネダ宮の爆撃、ピノチェト将軍の軍事クーデターを意味した。サルバド…

“覗き覗かれる深淵のサーガ群”

10「アブサロム、アブサロム!」 🇺🇸アメリカ ウィリアム・フォークナー フォークナーのノーベル賞受賞理由は、”アメリカの現代小説に対する、強力かつ独創的な貢献に対して”。技法にしろ世界観にしろ、これほど無二の特徴的な作家ながら、選考委員ですら的確な…

“反戦へー祈りとも呼べる願いを込めて”

9「戦争の悲しみ」 🇻🇳ベトナム バオ・ニン 蟻が象に勝った。その代償は途方もない悲しみ。ベトナム戦争は世界史の流れを変え、ベトナムは勿論、加害国アメリカの社会や文学に至るまで大きく変えた。ベトナム戦争がなければ、「ライ麦畑でつかまえて」もロック…

“文学は権力の対義語たりえるか?”

8「楽園への道」 🇵🇪ペルー マリオ・バルガス=リョサ リョサは私の1番好きな作家だ。そして嬉しいことに、近年リョサの評価は更に高まっている。ラテンアメリカ文学といえば、ガルシア=マルケスがやはり代名詞、しかし若手の中南米作家はその固定観念を嫌い、…

“灰に埋もれた世界地図の記憶”

7「庭、灰」 🇷🇸セルビア ダニロ・キシュ “世界”という言葉は、中々に定義が難しい。例えば”世界史”なら地理的、”世界観”なら抽象個人的、”湖底の世界”なら有限事象的と、それぞれ意味合いも物理的範囲も大きく異なる。要は虚実ともに個の人間が共有可能な概念…

“祖先と離島の黄金郷へ捧ぐ狂詩曲”

6「黄金探索者」 🇲🇺モーリシャス/🇫🇷フランス ジャン・マリ・ギュスターヴ=ル・クレジオ 祖先はフランスのブルターニュ人(ケルト系)で、フランス革命で断髪を拒みモーリシャス移住。母はイギリス人、妻はモロッコ人、軍医の父とナイジェリアで幼少を過ごし、大学…

“軽音と重音の織りなすシンフォニエッタ”

5「存在の耐えられない軽さ」 🇨🇿チェコ ミラン・クンデラ 一般に恋愛小説は男女2人、又は3人の三角関係、即ち主要キャラは3人までが鉄板とされる。理由は男女2人の駆け引き、もしくは男女どちらかを巡る争奪戦がスリルを生むためだ。悲劇なら「椿姫」や「ここ…

“悍ましきダンツィヒ行進曲”

4「ブリキの太鼓」 🇩🇪ドイツ ギュンター・グラス 子供と大人の戦争や革命の受け取り方は全く違う。歴史を文学に取り入れる時、最も効果的で印象的な作品に仕上げるには、子供の視点を取り入れることだ。「アンネの日記」も「悪童日記」も「ペインティッド・バ…

“ブラックアフリカに白眉を顰める”

3「黒檀」 ポーランド リヒャルト・カプシチンスキ 即時性において、文学は動画やSNSにはまるで敵わない。では文学は報道に対して無力なのか?、いや寧ろジャーナリズムの真髄はそこにあるし、あるべきだ。カプシチンスキは、徹底した取材と芸術的な文章でそ…

“早すぎる自伝ー賜物となった贈物”

2「賜物」 🇷🇺ロシア ウラジーミル・ナボコフ 個人的に最近ナボコフに嵌っている。しかしそんな主観的な意見を差し引いても、「賜物」は群を抜いて傑作だと思う。理由は簡単で、著者ナボコフが本作執筆時点で、自身の書きたいことを余す所なく書ききっているか…

“浄瑠璃の如きわが水俣への鎮魂歌”

1「苦海浄土」 🇯🇵日本 石牟礼道子 世界文学全集の堂々1位は文句無しに日本文学の「苦海浄土」に決めた。当然だが決して日本贔屓の結果ではない、客観的にも妥当な順位だろう。傑作という言葉では形容し足りない、“奇跡の書物”と讃えたい作品だった。疫災は即ち…

〜オリエンテーション〜【池澤夏樹 世界文学全集40作品の感想】

作家・書評家・翻訳家にして、驚異の世界文学通の池澤夏樹。 その個人的ベスト40長編、39短編をまとめた世界文学全集を読み終えた。 「興味あるし読みたいけど、長編は長いし高いし、どれから読めばいいか分からないので、何かしらの指標が欲しい!」 …とい…

【池澤夏樹 =個人編纂 世界文学全集40作品の感想】

池澤夏樹 世界文学全集40作品の感想 作家・書評家・翻訳家にして、驚異の世界文学通の池澤夏樹。 その個人的ベスト40長編、39短編をまとめた世界文学全集を読み終えた。 「興味あるし読みたいけど、長編は長いし高いし、どれから読めばいいか分からないので…