MarioPamuk’s diary

海外文学と学術書の短文感想&忘備録

“精霊が語るもう1つの9.11事件”

11「精霊たちの家」

🇨🇱チリ

イザベル・アジェンデ

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9.11事件といえば多くの人が、2001年アメリ同時多発テロを思い浮かべるだろう。しかしこのテロ以前では1973年に起きた、チリ大統領官邸モネダ宮の爆撃、ピノチェト将軍の軍事クーデターを意味した。サルバドール・アジェンデ大統領は爆殺、姪のイサベルはベネズエラに亡命し、祖国への愛と政治への糾弾を文学で訴える。それが「百年の孤独」と並ぶ、南米マジックリアリズムの傑作「精霊たちの家」だ。予知能力者クラーラは絶世の美女の姉ローサが死に、その屍が解剖され弄ばれて以降、閉口のまま暮らす。やがて姉の元婚約者と結婚し、精霊が棲む家で娘ブランカが生まれ、孫娘アルバが生まれ、過酷な運命を試されていく。クラーラの能力や精霊のご加護が失われていく様は、アジェンデ自身の迫害の光景と重なる。100年に及び一族が逞しく都会や国内外を動き続ける点で、神話的な村の男権社会な「百年の孤独」とは似て非なる構成だ。アジェンデは短編の名手でもあり、抜群のストーリーテラーで、庶民や童話も多く手掛け映画脚本家としても有名。本作もその特徴が随所に見られ、特に伏線回収やキャラ作りが素晴らしい。登場人物は不器用で喜怒哀楽も激しく、敵味方問わず愛おしい一面が絶えない。農村と都市、異性愛と同性愛、親と子、二項対立を鮮やかに描き見事にラストを迎える。”文学の冒険”を愉しむなら、是非お勧めしたい1冊だ。