MarioPamuk’s diary

海外文学と学術書の短文感想&忘備録

“鼻唄ヒートで胸打つビート!”

19「オン・ザ・ロード

🇺🇸アメリ

ジャック・ケルアック

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車に乗ってドライブしながら、お喋りする様子を書いただけの小説。有り体に言えば「オン・ザ・ロード」はそんな話、伏線回収も緻密なストーリーもあったものではない。しかしこのケルアックの本はそれゆえに伝説を築いた。池澤夏樹も言う様に、アメコミと対照的にアメリカ文学の特徴は”現実逃避”にある。「ライ麦畑でつかまえて」、「武器よさらば」、「怒りの葡萄」、ピンチョン各作品、などなど。しかも主人公全員が”逃げる男”という共通点がある。”アメリカン・ドリーム”という言葉がある様に、建国以来アメリカは自国の歴史に行き詰まった移民が構成する国である。本質的に逃げて来た人々なのだ、だから逃げることに恥も恐れも持っていない。確かに南部黒人奴隷の様に強制連行された形の移民もいる、しかしアメリカ史では圧倒的に白人が主役であり、これは最近までアメリカ文学史も同様だった。要するに西部開拓が形を変えて、ヒッピー的な現実逃避とビートニク文学とが結び付き、ロードノベルに昇華した、その代表例が「オン・ザ・ロード」である。サルはコロンビア大学を中退したが、それでもエリートで周りより何でも叶う環境ながらそれを捨てる。ディーンは父に捨てられ盗みで食い繋いだ末の少年院上がりの不良、加えて酒と女と薬物に見境がないまま大人になった。似て非なる友人同士の2人の主人公は、意気投合し行くあてもないアメリカ大陸ドライブ周遊を決行する。ジャングルに砂漠に断崖絶壁、インディアンに女にあらゆる悪事との邂逅。NY〜メキシコシティまで途中で何度も折り返しながらの長旅、残念ながら無計画で無謀なこの旅には明るい未来はない。それでも多くの人間が、特に若者がこんな旅をしたいと思った、したいと思わせたその冒険自体と、知性のギャップがある2人の軽妙で洒脱な会話に魅了される。ドライブ感覚で鼻唄でも口ずさみながら、流れる風景のような文章を楽しみたい作品だ。