MarioPamuk’s diary

海外文学と学術書の短文感想&忘備録

“お給仕人は信頼できる信頼できない語り手”

27「わたしは英国王に給仕した」

🇨🇿チェコ

ボフミル・フラバル

f:id:MarioPamuk:20230519133845j:image

冷戦期以降で代表的なチェコの作家は3人いるが、いずれも共産党社会を揶揄する作品を書いて弾圧を受けている。上述のミラン・クンデラはフランスへ亡命を余儀なくされ、民主化後も母国に戻らず今もフランスで活動している。同じく楽器に明るかったヨゼフ・シュクボレツキーもカナダに亡命、しかし民主化後にはチェコに戻った。一方「わたしは英国王に給仕した」を書いたフラバルは、チェコに残り続け母国で出版を続けた作家だ。”これからする話を聞いてほしいんだ”、とシュールでユーモラスな語り始めを繰り返しながら、プラハで給仕人として仕事を始め、紆余曲折を経ながら億万長者になる話。この”紆余曲折”の中には嘘くさい話も含まれていて、全体的に所謂”信頼できない語り手”の作品となっている。そもそもまずタイトルが大嘘なのだ。主人公のジーチェは英国王には給仕していない。確かにパリの高級ホテルには勤めたし、エチオピア皇帝の歓迎式でも皇帝の寵愛を受ける。しかし題名にもある肝心の英国王には給仕しない。代わりにナチ党ドイツの影がチラつき始め、否応なく世界大戦の激動に巻き込まれていく。面白いことにカズオ・イシグロブッカー賞受賞作、「日の名残り」と設定がよく似ている。同じ”信頼できない語り手”が主人公で、その主人公スティーブンソンも名家の執事だが、仕えた当主はナチに加担してしまい没落して、別のアメリカ出身のヤンキー当主が代わりにやってくる。基本的に文学は主人公が主体的に動くが、執事や給仕人は本質的に仕える主人ありきの能動的な職種だ。そんな職業だからこそ描けるユーモアやシュールを、フラバルもイシグロも良く理解しているし、小説への応用も上手い。この小説が悲劇であり喜劇でもある、ビルドゥングスロマンでありピカレスクロマンでもある、という絶妙な位置付けなのもそこに起因するのだと思う。波瀾万丈の人生を経て、最後にジーチェは故郷に戻る、亡命したクンデラやシュクボレツキーとは異なる哀愁を漂わせていると感じることだろう。