MarioPamuk’s diary

海外文学と学術書の短文感想&忘備録

“ネバーランドのユートピア”

22「アルトゥーロの島」

🇮🇹イタリア

エルサ・モランテ

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思春期の短くも複雑な心境は文学の格好の題材だ。一般的には学校モノや教師と生徒の禁断の恋などが多く、なんなら所謂TVドラマや少女マンガが最も人口に膾炙した例と言える。このテーマを実験小説として神話的に人工造形し、少年の思春期の葛藤と恋慕を巧みに描いたのが「アルトゥーロの島」だ。まず舞台は学校や職場ではない、何故なら大衆性と共感を排除しなければ、思春期の人格形成を暴くことができないから。舞台は南イタリア孤島、設定は少年1人で独占中のやりたい放題の楽園の島、そこに不在がちの父が自分と2歳違いの若妻と共に帰郷、同年代の魅力的な年上女性が唐突に母になる、しかし近親相姦となる禁断の恋は許されない。少年アルトゥーロは理性と欲望の狭間で葛藤する、しかも若妻母の方から積極的に子供として可愛がられるのだから困る。思春期ゆえの性への好奇心がぶつかり、頭ではダメと分かっていても、身体は抑制が効かない、しかも敬愛する父親の視線も気にしなければならない、基本的に島には3人しか居ないので、必然的に心理戦になる。正にフロイトオイディプス・コンプレックスを具現化したと言える。そもそも近親相姦や父親殺しは世界共通の神話要素、神秘的なのは当然で、だからこそ「カラマーゾフの兄弟」も中世ヨーロッパ王侯貴族の”青い血”や血友病も、神秘性を高めるとして歴史に名を残しているのだ。本作にミステリ要素はないが、”神話版クローズドサークル”と考えていもいい。母性と父性と異性と知性の葛藤の中でフラつきながら大人の階段を駆け上がる。更には腹違いの弟も誕生し、1人きりの楽園にはもう戻れない。井の中の蛙だった少年が徐々に世界を認識していく。神話世界の登場人物が大人になる。非現実的な設定ながらも、その過程と結末を余す所なく描いた傑作だ。