MarioPamuk’s diary

海外文学と学術書の短文感想&忘備録

“現実逃避したくなる美しきお年頃”

24「アデン、アラビア」

🇫🇷フランス

ポール・ニザン

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“僕は20歳だった。それが人生で最も美しい時だなんて、誰にも言わせない。”、やはり素晴らしい書き出しだ。既に冒頭から悲嘆と残酷な結末を予感させ、なお且つ美しさの余韻を残し若者を礼賛する狂詩曲の残響を感じさせる。ニザン自身も兵役で30代と若くして死んだ。パリの超エリート大学のしかも特待生で、サルトル等の著名人とも学生から交友があり、だから本書のフランス初版はサルトルが熱く長い前書きを物した。内容はシンプルで近代西洋文明の機械的な資本主義の不条理に辟易し、アラビアはアデンに航海で現実逃避するだけの話。しかしその旅路で内省的に語られる、というより自身と読者に問う形で次々と繰り出される、難解かつ抽象的で思弁的な哲学語りが見所。「アメリカの鳥」と同じく日本でも海外でも、こういう本は最近は殆ど見かけなくなった。分かりやすく言えば”考えるより感じる作品”で、そういう意味でも価値がある。従って言葉にして感想を述べるのは中々に難しい。パリを出てアデンで新しく目にした光景は、フランスから見れば”未開と野蛮の地”だった。しかしニザンが夢見た楽園はアデンにはなく、奴隷や小汚い貧民と暑苦しい禿山ばかり、失望した先に向かうジブチでは更に劣悪な、スルタンに媚びるだけの社会を目にして絶望してしまう。こうしてフランスに帰国し共産党入党で共産主義者へ、しかしヒトラーソ連に絶望して世界大戦に身を任せ35歳の若さで戦死した。革命とデモの先進国、フランスのエリートらしい義憤を撒き散らす姿は、文学らしいテーマと激動の自伝を儚く美しく伝えている。