MarioPamuk’s diary

海外文学と学術書の短文感想&忘備録

“早すぎる自伝ー賜物となった贈物”

2「賜物」

🇷🇺ロシア

ウラジーミル・ナボコフ

f:id:MarioPamuk:20230519002250j:image

個人的に最近ナボコフに嵌っている。しかしそんな主観的な意見を差し引いても、「賜物」は群を抜いて傑作だと思う。理由は簡単で、著者ナボコフが本作執筆時点で、自身の書きたいことを余す所なく書ききっているからだ。ナボコフを読むと、偉大な作家は才能と経験と出自が、やはり大きく左右すると思わされる。38歳アメリカ亡命前、ロシア語執筆では最後の作品、以後は英語創作に専念して「ロリータ」で出世した。ロシア語創作との訣別を意味するため、若くして一時的に集大成的な試みを託した半自伝的作品。ゆえにナボコフ作品のエッセンスが凝縮されており、言語や文学技法からロシア文学批評に小説内小説と、全5章が1長編に匹敵する密度の濃さ。自身の趣味であるチェスや恋愛体験、博物学者で中央アジアを探検した父の伝記の小説内小説(作中で挫折)、歴史小説の小説内小説まるまる、更にその歴史小説執筆後の文壇の反応、作家の亡命まで。所謂ビルドゥングスロマンを1作品に捩じ込む、しかもそのモデルが作家本人というのだから、神業という他ない。「賜物」には既に「ディフェンス」や、「ロリータ」の雛形が散見される。その文学思想や技巧の原型が見受けられる点で、ナボコフ作品を読む上で無視できない1冊だ。