MarioPamuk’s diary

海外文学と学術書の短文感想&忘備録

“覗き覗かれる深淵のサーガ群”

10「アブサロム、アブサロム!

🇺🇸アメリ

ウィリアム・フォークナー

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フォークナーのノーベル賞受賞理由は、”アメリカの現代小説に対する、強力かつ独創的な貢献に対して”。技法にしろ世界観にしろ、これほど無二の特徴的な作家ながら、選考委員ですら的確な表現が思い付かなかったらしい。だから曖昧な受賞理由にせざるを得なかった。池澤夏樹も言うように、フォークナーはとにかく密度が濃く、深淵を覗き見ても見渡せない。その理由は架空の街、ヨクナパトーファを中心に全著作が、何かしらの接点を持っていることにある。彼のサーガ作品は、南北戦争から著者の時代まで、あの作品の登場人物がこの作品で登場するなど、通常の1話完結式の小説ではない。通常の作家の評価は1+2+3+N…と続く等差数列式、しかしフォークナーはどの作品も関係し合う為、1x1+2x2+3x3…と指数対数的拡大を伴うサーガになる。「アブサロム、アブサロム!」はサーガの中で最も時間軸が長く、サトペン家による黒人奴隷農場経営開始、南北戦争前後、合計50年近くの街の歴史を、大学生ローザとクエンティンが語る。ただしその語りは入れ子構造になっており、2人の父母もまた友人、さらに祖父母の代まで遡り、多くの人間が証言する構造だ。所謂”意識の流れ”が複雑で、直接的で結果論の事件や感情を語るのではなく、婉曲的で過程論を長々と語る。だから一文が超長文で、これらを交錯させて”深淵”な映像的構成を形成する。ここにアメリカ南部特有の白人至上主義が齎す悲劇が、重層的に描かれている。その悲劇とは強制労働、近親相姦、強姦、遺産相続紛争、殺人、従軍、戦争、人種差別、とにかく悍ましさのオンパレード。因習的な南部の白人一族の栄枯盛衰は、NY中心の華々しい北部アメリカ史とは異なる。歴史に無視されてきた者たちは、文学でなら蘇らせることができる。フォークナーはその試みに成功した。だからその後継者は先進的で都会主義の世界史の勝者の西欧やアメリカ文学でなく、専らラテンアメリカや東欧、ひいてはアジア等の第三世界に現れた。ガルシア=マルケス莫言大江健三郎イサベル・アジェンデ、ミロラド・パヴィッチ、幾らでも大家の名前を挙げることが出来る。フォークナー以前と以後で世界文学史は一変すると言われるが、私も同感だ。