MarioPamuk’s diary

海外文学と学術書の短文感想&忘備録

Entries from 2023-05-19 to 1 day

“絶望しない程度の失望に身を任せて”

40「失踪者」 🇨🇿チェコ フランツ・カフカ 私は正直カフカが苦手、自分の言葉でオリジナルの評論は書けず、従ってこの全集でもカフカと、更に極めてカフカ的な作品を書く残雪は、私の拙い評論力からランキング下位にせざるを得なくなっている。またカフカであれ…

“寓意が寓意を呼ぶ不条理の暗夜行路”

39「暗夜」 🇨🇳中国 残雪 「黒檀」はルポルタージュ文学であるため例外として、本全集唯一の短編小説集が「暗夜」だ。残雪の作風はカフカ的不条理と良く引き合いに出される、不思議な世界観が次々に繰り広げられるにも関わらず、原因や動機が全く描写されない。…

“悲しみよこんにちは…苦しみよさようなら”

38「悲しみよこんにちは」 🇫🇷フランス フランソワーズ・サガン “最後のKissは煙草のflavorがした、苦くて切ない香り…”。宇多田ヒカル「First Love」の有名なイントロ。この詩を当時15歳の少女が書いたというのが伝説の度合いを押し上げている。肉体と精神の成…

“拝啓ピーター&敬具マッカーシー “

37「アメリカの鳥」 🇺🇸アメリカ メアリー・マッカーシー “ビルドゥングスロマン”という小説のジャンルがある。日本語では”教養小説”と訳すことが多い。要は主人公が作中で思考しながら成長するジャンルだ。「アメリカの鳥」の主人公ピーターも思考を重ね、旅で…

“思い出ぽろぽろ手紙リレー”

36「モンテ・フェルモの丘の家」 🇮🇹イタリア ナタリア・ギンスブルク 手紙形式の小説は書簡体小説と呼ばれる。探してみると古典から現代文学まで意外と多い。ゲーテ「若きウェルテルの悩み」、三島由紀夫「レター教室」、夏目漱石「こころ」、ウェブスター「あ…

“酒呑童子の酔いどれ紀行”

35「やし酒飲み」 🇳🇬ナイジェリア エイモス・チュツオーラ アフリカは呪術の伝統が今も強い、特にサブサハラ地域は部族の密集地帯で、ニジェール川デルタが形成するナイジェリアは多部族で人口も多く、口承文学が豊富にある。”アフリカ文学の父”チヌア・アチェ…

“軽蔑と侮蔑ーそして差別と離別”

34「軽蔑」 🇮🇹イタリア アルベルト・モラヴィア 現代イタリア文学には概ね2つの潮流がある。まず1つは豊かな自国の歴史を背景に、寓意性や歴史に根差した幻想的な文学や古典引用を駆使するタイプの作家。典型例はカルヴィーノ、エーコ、ランペドゥーサ、タブッ…

“死に際の老いぼれよ!若き生き様に散れ!”

33「老いぼれグリンゴ」 🇲🇽メキシコ カルロス・フエンテス 北米は先住民を迫害し、中南米は先住民を強姦して支配した。だから北米には白人が多くて人種差別も多い、混血の多い南米には人種差別は少ない。人種が違えば文化も政治も当然違う。アメリカは奪い続け…

“rock 'n' roll!〜転がる石になれ〜”

32「ヴァインランド」 🇺🇸アメリカ トマス・ピンチョン 批評家ハロルド・ブルームは現代アメリカ代表作家を挙げ、ドン・デリーロ、コーマック・マッカーシー、フィリップ・ロス、トマス・ピンチョン、4名を四天王だと述べている、4人とも白人系作家だ。例えばト…

“終着点はハワーズ・エンド”

31「ハワーズ・エンド」 🇬🇧イギリス エドワード・モーガン・フォースター 古典と現代文学を比較すると、特に題名に大きな違いが見られることが分かる。人物であれ場所であれ国であれ、古典には固有名詞が題名に採用されることが多い。例えば「オイディプス王」…

“半世紀越しの街とその不確かな壁”

29「太平洋の防波」/ 30「愛人」 🇫🇷フランス マルグリット・デュラス 東インド会社のイギリス社員で、インド官僚として現地で成功した者を”ネイボッブ”という。本国より遥かに多くの富や土地を支配した、所謂アメリカン・ドリームのインド版だ。フランスもアフ…

“見えない都市に目を凝らす”

28「見えない都市」 🇮🇹イタリア イタロ・カルヴィーノ この全集にも4人とかなり多くノミネートしている通り、意外と個性的な作家が多いイタリア。その豊潤な歴史文化遺産が刺激を与えるのか、純作家よりも学者出身のエーコやタブッキが有名な作家だったりする…

“お給仕人は信頼できる信頼できない語り手”

27「わたしは英国王に給仕した」 🇨🇿チェコ ボフミル・フラバル 冷戦期以降で代表的なチェコの作家は3人いるが、いずれも共産党社会を揶揄する作品を書いて弾圧を受けている。上述のミラン・クンデラはフランスへ亡命を余儀なくされ、民主化後も母国に戻らず今…

“冒険心と逃避心ー出航の座礁と航海の後悔”

26「ロード・ジム」 🇬🇧イギリス/🇵🇱ポーランド/🇺🇦ウクライナ ジョゼフ・コンラッド コンラッドは英語圏の代表的な作家である、と同時にウクライナ出身でポーランドに移住した特異な経歴も持つ。従ってその文学観は同時代のキプリング等とは異なり、所謂オリエンタリ…

“雨に唄えば名誉の戦場”

25「名誉の戦場」 🇫🇷フランス ジャン・ルオー 一般に戦争文学は悲劇が多く、喜劇と呼べる作品は少ない。これは多くの方に賛同頂けると思う。文学は当然アクション映画でもなく、戦争礼賛の名作は私も見たことがない。しかし「名誉の戦場」は戦争をメインに扱い…

“現実逃避したくなる美しきお年頃”

24「アデン、アラビア」 🇫🇷フランス ポール・ニザン “僕は20歳だった。それが人生で最も美しい時だなんて、誰にも言わせない。”、やはり素晴らしい書き出しだ。既に冒頭から悲嘆と残酷な結末を予感させ、なお且つ美しさの余韻を残し若者を礼賛する狂詩曲の残響…

“広く深い海から狭く浅い浮島を眺める”

23「サルガッソーの広い海」 🇩🇲ドミニカ国 ジーン・リース 西洋古典をリライトする試みが近年、非常に多くなってきている。トリニダード・トバゴ初代大統領にして歴史学者、エリック・ウィリアムズが「資本主義と奴隷制」で喝破した通り、中でも島国ばかりで面…

“ネバーランドのユートピア”

22「アルトゥーロの島」 🇮🇹イタリア エルサ・モランテ 思春期の短くも複雑な心境は文学の格好の題材だ。一般的には学校モノや教師と生徒の禁断の恋などが多く、なんなら所謂TVドラマや少女マンガが最も人口に膾炙した例と言える。このテーマを実験小説として神…

“若き宗教史家のExotic & Platonicな恋”

21「マイトレイ」 🇷🇴ルーマニア ミルチャ・エリアーデ ルーマニアが誇る20世紀随一のユダヤ系知識人、「世界宗教史」で有名な世界的宗教学者ミルチャ・エリアーデ、彼の実体験を基に描かれたのが青春恋愛小説「マイトレイ」だ。学徒として宗教に興味を持つうち…

“耳をすませばソングライン”

20「パタゴニア」 🇬🇧イギリス ブルース・チャトウィン 紀行文学は外国人が書くことが多い。理由は土着人が普通と感じる文化や伝統も、外国人からするとエキゾチックな秘境と感じられ、売れるからである。メジャーな地域の紀行文学は実質ロードノベルだが、マイ…

“鼻唄ヒートで胸打つビート!”

19「オン・ザ・ロード」 🇺🇸アメリカ ジャック・ケルアック 車に乗ってドライブしながら、お喋りする様子を書いただけの小説。有り体に言えば「オン・ザ・ロード」はそんな話、伏線回収も緻密なストーリーもあったものではない。しかしこのケルアックの本はそれ…

"試してみましたクーデタ!”

18「クーデタ」 🇺🇸アメリカ ジョン・アップダイク 小説はどれほど自伝的でも、創作物である限りフィクション、即ち架空の物語である。そもそも1人の人間が語る以上、科学的であろうと歴史に基づいていようと、どうしても主観的な想像にならざるを得ない。作家…

“灯台下暗しの長い1日”

17「灯台へ」 🇬🇧イギリス ヴァージニア・ウルフ 20世紀を代表する作家を3人選べ、と有識者に問えば多くの人が下記3名を挙げると思われる。ジェイムズ・ジョイス、フランツ・カフカ、マルセル・プルースト、各人とも文学に革新的な手法やテーマを遺したからだ。…

“2500年を経たトロイア王女の再発掘”

16「カッサンドラ」 🇩🇪ドイツ クリスタ・ヴォルフ トロイア戦争は伝説と思われていた。しかしドイツの実業家シュリーマンは、幼い頃にギリシア神話を読んでトロイア遺跡の存在を確信し、貿易成金として築いた莫大な資産を遺跡探索に費やし、遂にトルコのダーダ…

“未開あるいは冥界のプレミアムフライデー”

15「フライデーあるいは太平洋の冥界」 🇫🇷フランス ミシェル・トゥルニエ 水場を航行する言葉は英語で”クルーズ”だ。語源は”クロス”即ち十字架で、ここから”大海を横切る”という意味が生まれた。デフォー「ロビンソン・クルーソー」もまたクルーズの物語、だか…

“燃えない本と死なない巨匠”

14「巨匠とマルガリータ」 🇺🇦ウクライナ ミハイル・ブルガーコフ 世界史上最大のベストセラーをご存知だろうか?、言うまでもなく「聖書」で、発行部数は何百億部とも噂される。次が「コーラン」であり聖典はやはり強い。多く読まれる本は歴史も長い。そして読…

“澄み渡るケニア大地の美しき日々”

13「アフリカの日々」 🇩🇰デンマーク イサク・ディネセン クッツェー「鉄の時代」は、入植者の白人と原住民の黒人が衝突した異文化摩擦の例だ。対して「アフリカの日々」は異文化交流が成功した例だ。勿論、前者は歴史過程の一般論の多数派、後者は少数派という…

“炭素で錆びれた鉄の逆襲”

12「鉄の時代」 🇿🇦南アフリカ ジョン・マクスウェル・クッツェー 古代から20世紀までを1化学元素記号で表すと、何千年もの昔から”Fe”即ち鉄の時代だという。20世紀以降は現在に至るまでは石油科学文明中心、”C”即ち炭素の時代だという。紀元前にヒッタイトが鉄…

“精霊が語るもう1つの9.11事件”

11「精霊たちの家」 🇨🇱チリ イザベル・アジェンデ 9.11事件といえば多くの人が、2001年アメリカ同時多発テロを思い浮かべるだろう。しかしこのテロ以前では1973年に起きた、チリ大統領官邸モネダ宮の爆撃、ピノチェト将軍の軍事クーデターを意味した。サルバド…

“覗き覗かれる深淵のサーガ群”

10「アブサロム、アブサロム!」 🇺🇸アメリカ ウィリアム・フォークナー フォークナーのノーベル賞受賞理由は、”アメリカの現代小説に対する、強力かつ独創的な貢献に対して”。技法にしろ世界観にしろ、これほど無二の特徴的な作家ながら、選考委員ですら的確な…