MarioPamuk’s diary

海外文学と学術書の短文感想&忘備録

“雨に唄えば名誉の戦場”

25「名誉の戦場」

🇫🇷フランス

ジャン・ルオー

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一般に戦争文学は悲劇が多く、喜劇と呼べる作品は少ない。これは多くの方に賛同頂けると思う。文学は当然アクション映画でもなく、戦争礼賛の名作は私も見たことがない。しかし「名誉の戦場」は戦争をメインに扱いながらも喜劇である。正確には今を明るく過ごす少年と家庭を描くが、その細部に過去の戦争に翻弄される描写を上手く織り込んでいる点が特徴的で、しかもその断片を明かしていく手法が非常に上手い。無名のキオスク店員ながら、ゴンクール賞受賞も頷けるデビュー作。ただその分散具合が細部に数多く配置され過ぎているので、初読では仕組みが分かりにくいかもしれない。逆に言えば再読するほど味が出る作品とも言える。祖母や祖父の朗らかな日常が子供の主人公を通して描かれ、現在から第一次世界大戦の悲劇が浮かび上がる。ロワールの長閑な田舎ですら、かつて血の川が流れ戦場になったこと、明るい現在と暗い過去が同じ場所やイメージで比較描写され、悲しい戦争の時代に遡っていく。雨やおもちゃ、愛車や森林、時代が変われば人はその扱い方や見方も変わり、ルオーはそれらを意識して絶妙に配置させ、見事に伏線回収する。「名誉の戦場」は本国フランス語版では5部作、つまり家族史としてルオーが書きたかったテーマは、単純計算で5倍の量に及んだことになる。残念ながら邦訳はなく、続編の詳細は分からないが、ノーベル賞作家マルタン・デュ・ガール「チボー家の人々」の様な長編にも感じる。だとすれば、フランスらしい家族を軸にした純文学、最近で言えばこちらもノーベル賞作家アニー・エルノーの様に、個人から社会を描く由緒ある社会派私小説の傑作と言える。