MarioPamuk’s diary

海外文学と学術書の短文感想&忘備録

“ブラックアフリカに白眉を顰める”

3「黒檀」

🇵🇱ポーランド

リヒャルト・カプシチンスキ

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即時性において、文学は動画やSNSにはまるで敵わない。では文学は報道に対して無力なのか?、いや寧ろジャーナリズムの真髄はそこにあるし、あるべきだ。カプシチンスキは、徹底した取材と芸術的な文章でそれを証明してきた。即ちルポ文学。サルマン・ラシュディをして、「雑多なジャーナリスト何千人が束になろうとカプシチンスキ氏1人には敵わない」と言わせしめる 。7カ国語を解し、50の歳月を費やし、100の国を歩き、27の政変と建国を見た。彼の17年に及ぶアフリカ取材の集大成が、サハラ以南17カ国を舞台にしたルポ作品「黒檀」だ。私も旅ブログを50カ国ほど書いていたから分かるのだが、その分析力と筆力の高さには感動と驚嘆を覚える。例えばヨーロッパ人が象牙を乱獲する際、明らかに野生の狩猟対象頭数が、想定する象牙収集率と合わない話。アフリカ人に尋ねるが教えてくれない、調べてみると象の死の多くは水飲み場で沼に足を捕らわれ、溺死するため象牙は湖底や沼地に眠っているというのだ。こういう神秘的なエピソードが盛りだくさん。カプシチンスキのルポの秘訣は現地人、特に村や市場など少数だが、井戸端会議が日常的に行われている場に張り込むこと。西洋型近代社会は個人が共同体から分離され、希薄化して孤独を感じる例が多い。アフリカはまだ共同体や部族が根強い、そしてその知恵や文化を尊重し合う。私も多くの学術書や小説を読んできたが、日常の喧騒から戦争まで、アフリカを知るにはこの1冊で十分すぎると思う。ルポをルポで終わらせない”ルポ文学”。その芸術的な美しい文章と、実体験に基づく明晰かつ具体的なエピソードの数々、そして何よりカプシチンスキ自身のアフリカへの愛。西欧ではなく、同じ第三世界の人間として真摯にアフリカと向き合い、電報を打ち続けた畢生のライフワーク「黒檀」は、エキゾチックなアフリカの文学旅行に誘ってくれるだろう。ブラックアフリカの美しさに、白人ならずとも眉を顰めるに違いない。