MarioPamuk’s diary

海外文学と学術書の短文感想&忘備録

“未開あるいは冥界のプレミアムフライデー”

15「フライデーあるいは太平洋の冥界」

🇫🇷フランス

ミシェル・トゥルニエ

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水場を航行する言葉は英語で”クルーズ”だ。語源は”クロス”即ち十字架で、ここから”大海を横切る”という意味が生まれた。デフォー「ロビンソン・クルーソー」もまたクルーズの物語、だからロビンソンの”クルーズ”がそのまま表題を想起する。「フライデーあるいは太平洋の冥界」は、この「ロビンソン・クルーソー」の脇役フライデーにスポットを当てる作品。主人公ロビンソンは無人島漂着により未開文明に接触し、助けた1人の捕虜をフライデーと名づけ、共に無人島生活をサバイバルする。実は現代世界文学ではロビンソンよりこのフライデーに着目し、リライトした作品の方が多い。例えばクッツェー「敵あるいはフォー」、ルッツ・ザイラー「クルーゾー」、「ガリバー旅行記」などである。要は文明と未開の邂逅をテーマにした小説の嚆矢、コンラッド「闇の奥」等は実在の地理を用いた派生作と言える。このフライデー的未開を描いた中でも、池澤夏樹が最も成功した例と讃える作品が本作だ。無人島サバイバルは魅力的な設定で、何より近代文明の偏見が排除され、生存本能たる哲学と人間的な学びによる成長、これらが可視化されるのだ。更にトゥルニエはこれをフライデー側から再構築し、冷静に分析を重ねる。文明と未開を象徴する2人が綺麗に二項対立し、本家とは異なる結末を迎える。失ったからこそ得られるもの、得られたからこそ失うもの。これらを先進国と途上国、効率社会と伝統社会に置き換えれば、現代にも通ずるテーマだ。