MarioPamuk’s diary

海外文学と学術書の短文感想&忘備録

“軽音と重音の織りなすシンフォニエッタ”

5「存在の耐えられない軽さ」

🇨🇿チェコ

ミラン・クンデラ

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一般に恋愛小説は男女2人、又は3人の三角関係、即ち主要キャラは3人までが鉄板とされる。理由は男女2人の駆け引き、もしくは男女どちらかを巡る争奪戦がスリルを生むためだ。悲劇なら「椿姫」や「こころ」、喜劇なら「高慢と偏見」が典型例だろう。そもそもヨーロッパ文学の始祖ホメロスの詩は、トロイア戦争で男性2人が1人の女性を奪い合う、三角関係から生まれた物語だ。その点、4主人公体制、それも男女2人ペアでの小説は珍しく、男女2人がくっつけば丸く収まるので、高難度の技巧やリーダビリティが必要になる。「細雪」も「若草物語」も4人全員が主人公だが全員が女性、現状で知る限り、4人以上の男女恋愛物語を描いた文学は、この「存在の耐えられない軽さ」、もしくはダレルの「アレクサンドリア四重奏」と、「アヴィニョン五重奏」しか思い付かない。そしてどちらも文学史上傑作の誉れが高い。漫画で言えば「スラムダンク」の5主人公体制の完成度という感じ。ただ漫画では絵の迫力を利用できるが、小説で読ませるにはリズムが必要。そういう意味でこの作品は、謂わば狂詩曲的な恋愛四重奏だ。加えてそこに共産党体制の迫害下で、最大限の享楽を得んとするトマーシュ、4人の夢と現実の交錯、哲学的な人生への問いが練り上げられ、見事にメタファー上でも結実する。恋愛・哲学・文学・音楽・反体制、どれを取っても一級品の仕掛けが施されている。尚、クンデラの父はヤナーチェクに師事した著名ピアニスト、後にヤナーチェク音楽院長となり、当然クンデラも幼少から音楽の薫陶を受けて育った。そして本作の映画化時の音楽担当はヤナーチェク、これ以上ない程に見事なキャストだ。