MarioPamuk’s diary

海外文学と学術書の短文感想&忘備録

“燃えない本と死なない巨匠”

14「巨匠とマルガリータ

🇺🇦ウクライナ

ミハイル・ブルガーコフ

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世界史上最大のベストセラーをご存知だろうか?、言うまでもなく「聖書」で、発行部数は何百億部とも噂される。次が「コーラン」であり聖典はやはり強い。多く読まれる本は歴史も長い。そして読者が多いという前提で、文学における引用も必然的に多くなる。これは特に宗教国家では多く見られ、ドストエフスキーなど革命前のロシアでは特に多かった。だが社会主義化した後は、マルクスの言葉を借りる様に、”宗教はアヘン”として迫害を受け、国家礼賛の人民文学を奨励された。当然、作家は書きたいものが書けず反発する。だから国家を婉曲的に批判し、宗教を裏のモチーフにした。その代表的な作家がブルガーコフで、彼がロシア支配下ウクライナの医者だったことは、偶然ではないだろう。実際、当時ロシアで発禁とされた。舞台は社会主義の聖地モスクワ、春の北国にも関わらず灼熱の太陽が照り、悪魔の一族が降誕して街を破壊し尽くす。SF、漫画、喜劇、悲劇、ミステリ、シュールリアリズム、風刺、魔術、小説内演劇、宗教、更にキリスト復活。これらの経糸を、ソヴィエト政府批判という緯糸に縫い合わせ、虚飾に驕る内憂外患の政府を揶揄する。主人公の巨匠はこの奇怪な物語を小説内小説として語り、妻マルガリータはそのサポート役。更にイエスを処刑したローマ帝国ユダヤ総督ポンティウス・ピラトゥスの末路が交代進行する。断頭し転がる首、チャシャ猫的な黒猫、悪魔の舞踏会、空飛ぶ魔女、札束の雨。医者にして文化人のブルガーコフは、これらの奇怪な事件をソ連の非科学的な政策に見立て、社会主義の虚構を暴く。ドイツ詩人ハイネは”本を燃やす者は人も燃やす”と言う。そして巨匠も語る、”原稿は燃えないものだ”、そして”読者よ私に続け”と。ブルガーコフは文学の力を信じていた。権力が人を燃やしても本は燃えない、本が燃えても歴史は人を死なせない。何千年と燃やされ迫害された、「聖書」や「コーラン」が今も語り継がれている事が、それこそ何よりの証明だろう。