MarioPamuk’s diary

海外文学と学術書の短文感想&忘備録

“若き宗教史家のExotic & Platonicな恋”

21「マイトレイ」

🇷🇴ルーマニア

ミルチャ・エリアーデ

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ルーマニアが誇る20世紀随一のユダヤ系知識人、「世界宗教史」で有名な世界的宗教学者ミルチャ・エリアーデ、彼の実体験を基に描かれたのが青春恋愛小説「マイトレイ」だ。学徒として宗教に興味を持つうち、東洋の神秘とも言えるインドの哲学と宗教を中心にのめり込み、遂にインド留学した先で土着の娘と恋に落ちたという話。エリアーデは小説も多く書いているが、殆どがその宗教知識を活かした寓話や幻想文学で、半自伝、しかも恋愛文学は珍しい。イギリスのノーベル賞作家キプリングやフランス作家ヴェルヌに代表するように、西欧列強が帝国主義的目線で旅情豊かな海外を舞台にすることは、当時の流行でもあった。キプリングもヴェルヌも概して教養小説や冒険小説と、大衆的なエンタメ要素が強く自伝要素は少ない。これは彼らが連載誌で人気作家となり、専業作家として経済的な成功も必要としていたためだろう。一方で「マイトレイ」は素朴で派手な要素がなく、その分インドの美しい自然描写や恋愛が際立ち、実体験も伴って強い心情描写に訴えてくる。主人公はルーマニアの留学生、インド研究のため渡印するがホームステイ先の美しい娘に恋する。しかしその行為は世話になっていたホストを裏切る形となり、激怒され失意のうちに2人は永久に離別する。要するに異文化衝突が愛を引き裂くが、マイトレイの描写は少女ながら神話的でエロティック、それこそインドの女神カーリーのようで、最初からどことなく破局の予感を醸しており、それでも続きが気になってしまう。尚、この話には後日談があり、エリアーデはモデルの少女を匿名で書いて、帰国後ルーマニアで執筆して出版したが、何十年後に翻訳されインドで彼女の目にも留まったという。「私小説は小説より奇なり」と感じてしまう。