MarioPamuk’s diary

海外文学と学術書の短文感想&忘備録

“寓意が寓意を呼ぶ不条理の暗夜行路”

39「暗夜」

🇨🇳中国

残雪

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「黒檀」はルポルタージュ文学であるため例外として、本全集唯一の短編小説集が「暗夜」だ。残雪の作風はカフカ的不条理と良く引き合いに出される、不思議な世界観が次々に繰り広げられるにも関わらず、原因や動機が全く描写されない。何らかの寓話であることは匂わせているが、何の寓話かは見当がつかない。必然的に説明がない分、密度は濃いがページが薄くなりがち、プロットもある様でないとも感じるし、ないようである様にも感じる。例えば「突囲表演」は主役でありながらX女史は、若き美女であり、皺だらけの老婆であり、豆腐屋であり、国家諜報員であり、謎に包まれた人物なのだ。これがカフカの場合、例えば「変身」のザムザは虫になって家族から無視されるが、この主語を虫から鬱やネグレクトに変えれば、たちまち現代にも通じる寓話となる。「城」のKも巨大官僚機構の隠喩など概ね分かりやすい。一方で残雪は短編にしろ長編にしろ何の寓話か分からない、しかも複数の寓話のミックスにも見受けられる。巨大すぎる世界観に対して、各登場人物は蟻の様に小さく見える様に設定することで、寓意性を暈すことに成功している。何らかの寓意分かっても、何の寓意なのかまでは分からない、そこが残雪の特異な点だ。7つの短編集の内訳は以下の通り、1「阿梅、ある太陽の日の愁い」、2「私のあの世界でのこと・・・友へ」、3「帰り道」、4「痕」、5「不思議な木の家」、6「世外の桃源」、7「暗夜」。どれも池澤夏樹自身がこの短編のために編んだオリジナル作品集で、設定もキャラも長さもバラバラだが、残雪らしい世界観は共通している。桃源郷にある峠跨ぎの長大ブランコ、雲を突き抜ける世界一高い家。全て非現実的だが叙述でそれを表現するマジックリアリズムとも違う。読者に対して意味は分からずとも、論理性が通用しない世界を自身で設定し、強靭なリーダビリティで持って読ませる。これも文学の楽しみの1つだ。