MarioPamuk’s diary

海外文学と学術書の短文感想&忘備録

“拝啓ピーター&敬具マッカーシー “

37「アメリカの鳥」

🇺🇸アメリ

メアリー・マッカーシー

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ビルドゥングスロマン”という小説のジャンルがある。日本語では”教養小説”と訳すことが多い。要は主人公が作中で思考しながら成長するジャンルだ。「アメリカの鳥」の主人公ピーターも思考を重ね、旅で知見を広げカントをモデルに自分なりの哲学を築いていく。父はイタリア系ユダヤ人のアナキスト、母は風光明媚なニューイングランドの観光地化に反対する活動家。2人の影響もあり、ピーターは母国の欺瞞に疑問を持つ。折しもベトナム戦争グローバル化を主導したアメリカ、母国を客観化するためには外国に渡り視点を変える必要がある。パリやローマでのヨーロッパ学問や文化との邂逅、それは決してドラマティックではない哲学の難解講義や、共産主義と資本主義の構造分析で、小説としては地味でも現実的で真摯なテーマだ。私も学生時代に56カ国を歩いて、真剣に民族問題について考えていた時期がある。だからピーターの気持ちがよく分かる。例えばパレスチナの民族問題を解決すれば、間違いなくノーベル平和賞の偉業だろう。自分にそんな才覚も地位もないのは分かっている、でも気になって居ても立ってもいられない。そして気付けばその視野は世界史から世界一周へ、世界一周から学術書へ、学術書から世界文学に広がり今に至る。池澤夏樹も同じく自分なりの哲学を探究し、世界を放浪してきたお人だ。だから個人の”世界10大小説”に選ぶ程「アメリカの鳥」が好きなのだそう。”アメリカの鳥”とは渡り鳥の様にヨーロッパに飛び立ったピーター自身。その内気ながら誇らしい翼の羽搏きは、確かに近年では見られない失われた小説の様に感じる。