MarioPamuk’s diary

海外文学と学術書の短文感想&忘備録

“絶望しない程度の失望に身を任せて”

40「失踪者」

🇨🇿チェコ

フランツ・カフカ

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私は正直カフカが苦手、自分の言葉でオリジナルの評論は書けず、従ってこの全集でもカフカと、更に極めてカフカ的な作品を書く残雪は、私の拙い評論力からランキング下位にせざるを得なくなっている。またカフカであれば「失踪者」より、「城」と「変身」の方が傑作と感じるのもあり、全集で最も有名な作家ながら最下位にした形だ。まずこの国の舞台はアメリカで、航海の果てに辿り着いた自由の国で失踪者となる。カフカ自身は生前は無名のまま若くして没した。中産階級で保険屋だった彼は当然、遥か彼方のアメリカに行ってはいない。だからカフカは従姉妹の体験を基にまずは短編「火夫」を、次に自分の想像で当時イギリスを抜いて覇権を握った、アメリカという自由の国を書いている。他のカフカ長編同様に、本作も未完である。表題の「失踪者」は従来は「アメリカ」と訳されてきた。他の代表作である「城」や「変身」や「断食芸人」は、閉鎖的空間に留まり続ける主人公が不条理に揉まれていくが、「失踪者」の主人公カール・ロスマンは、ドイツからアメリカに渡ることからも分かるように、開放的空間で足掻き続ける中で不条理が降り注ぎ続ける点で異なる。アメリカに渡る船の中での待遇や不穏な雰囲気から、既に明るい未来は約束されていないことが感じられる。ニューヨーク到着後に上院議員の叔父の機知を得るが、敢えなく追い出されエレベーターボーイとなり、そのまま理不尽に転落を重ねていく。展開も早くロードノベルの様に旅をする、というよりせざるを得ない状況に追い込まれる。諧謔的だが不条理というより不器用に近い印象を受ける。その意味で他のカフカ作品に比べて記号的な主人公や、人間味のない近代官僚主義的物質社会とも異なる。カズオ・イシグロも実物の都市の様相とは異なる、自身が想像したオリジナルの街のイメージを表現するのが上手いが、カフカの描くニューヨークも非現実的ながら、多階級多階層の人間を上手く捌いている。シュール・コミカル・グロテスクのバランスが良く、”失望”すれど”絶望”にまでは陥らない。カールの翻弄される姿が、飼い慣らされた現代日本人と重なるのは私だけだろうか?