MarioPamuk’s diary

海外文学と学術書の短文感想&忘備録

“rock 'n' roll!〜転がる石になれ〜”

32「ヴァインランド」

🇺🇸アメリ

トマス・ピンチョン

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批評家ハロルド・ブルームは現代アメリカ代表作家を挙げ、ドン・デリーロコーマック・マッカーシーフィリップ・ロストマス・ピンチョン、4名を四天王だと述べている、4人とも白人系作家だ。例えばトニ・モリスンもノーベル賞を受賞した黒人女性のアメリカ作家だが、黒人だけが強調されておりマイノリティだ。特に最近のアメリカ作家は移民系が多く、ジュンパ・ラヒリやイーユン・リーなど、創作も活発で面白いしクオリティも高い。しかし例えばフォークナーやヘミングウェイサリンジャーやアップダイクなど、伝統的なアメリカ文学とは一線を画す印象は否めない。その点でロスはユダヤ系作家でアメリカ東部の中都市中産階級の家庭を、デリーロはイタリア系作家でアメリカ東部の大都市上流階級と現代文明と権力批判を、マッカーシーアイルランド系作家でアメリ中南部の農村的下層階級の血と暴力を、それぞれ描くことを得意とする。ピンチョンもアイルランド系作家でアメリカ西部のLAを描く作品を書く。しかし同時に1作品で30カ国を舞台にするなど、超国際的な超長編も多く書いており、地元カリフォルニアを舞台にした小説と二刀流の作家だ。唯一無二のスタイルを貫き、百科全書的な総合ポストモダン文学とも言われる作風の超長編の寡作作家なのだ。ポップカルチャーに理系文系問わずオカルトまで扱い、世界的に見ても最も難解で説明しにくい作家の1人と言える。「ヴァインランド」は全世界を舞台にした他の長編と異なり、地元のカリフォルニアのヒッピー時代をテーマにした作品だ。前作「競売ナンバー49の叫び」と「LAヴァイス」ではカリフォルニア南部を、「ヴァインランド」ではカリフォルニア北部を描いている。主人公は妻が家を後にしたうだつの上がらないシングルファーザーのゾイド。しかし妻の幻影を追う内に、気付けばマフィアのボス、くの一や麻薬抗争に司法権力者まで巻き込み、学生運動時代の過去の魂を思い出していく。セックスにドラッグにアルコールは当たり前。文字通りヒッピー文化の薫陶を受けた時代、カオスなアメリカのポップカルチャーを中心に、ロックンロールやTVが絶大な影響を持ち、ニクソンレーガンなど政治の闇を、陰に陽に痛烈に風刺しながら奔流する物語。脱線ばかりに見えるが、実は時系列や混雑した視点を整えれば壮大な一枚絵のパッチワークとなる。政治批判なきロックなどロックとは呼べない。”rock 'n' roll”の語源は黒人スラングで”Fuck”の意味、文字通り読めば”転がる石になれ”とも読める。読者も主人公もただ母を尋ねて三千里を征く何十年の記憶の旅に身を任せればいい。そうすれば読了時には、”アメリカ合衆国1984年の裏側”が見えてくる。