MarioPamuk’s diary

海外文学と学術書の短文感想&忘備録

“悲しみよこんにちは…苦しみよさようなら”

38「悲しみよこんにちは

🇫🇷フランス

フランソワーズ・サガン

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“最後のKissは煙草のflavorがした、苦くて切ない香り…”。宇多田ヒカル「First Love」の有名なイントロ。この詩を当時15歳の少女が書いたというのが伝説の度合いを押し上げている。肉体と精神の成長に戸惑う思春期の人間、特に恋を経験する少女のこの時代だけの感性は、生涯を左右する程に影響する。多くの人間が受動能動で摂取するスポーツや音楽は当然だが、特に感覚と経験以上に具体的な知識と語彙力も要求される文学の世界で、若くして才能を発揮した、それも女性として処女作で成功した作家は稀有だ。つまり若者にしか書けない作品がある。サガンは18歳で「悲しみよこんにちは」を発表し、瞬く間に世界的な作家になった。そして以後も全てこの作品を模した小説を書き続け、この作品のように生きて死んだ。若くて美人な早熟の天才作家は、換骨奪胎のストーリーでも会話と心理描写のセンスが抜群で飽きさせない。主人公セシルは18歳で当時のサガンと同年齢、父はチャラ男で実際ガールフレンドも本書では2人も登場する。その1人エルザと父とセシルの3人、歪な三角関係で始まる南フランス別荘でのバカンス。更に父のもう1人の恋人アンヌが参戦し、しかも再婚の用意を始めることに勘づくに至り、セシルはある計画をこのバカンスに仕掛けていく。思春期の無垢さと大人の残酷さ、少女の喜怒哀楽と葛藤と何より悲しみ、更にセシル自身の恋愛経験も相まって、危うく脆くそれでいて繊細で初心な心が、コートダジュールの波風をバックに見事に再現される。セシルは承知の上で行った自身の選択と計画に戸惑い苦しみ、その感情に名を授ける、”悲しみよこんにちは”と。この後サガンは自動車事故で急死に一生を得るが、莫大な収入をゴシップ顔負けの放蕩三昧に使い果たし、続作を書くも遺産は息子には殆ど残さなかった。サガンはこの後ドラッグ・脱税・アル中・バイセクシャルといずれも過剰に浸り続け、晩年は借金と肉体と精神の疾患に苦しんだ。本作を準えて生きたサガンも今際の際にセシルの様に、派手で自堕落な人生に後悔していたのではないか?、だとしたら漸く”苦しみよさようなら”と、処女作と同じ様に散ることが出来たかもしれない。